穐吉敏子(秋吉敏子)のこと

僕が高校生のころ初めて買ったジャズのレコードは、
「孤軍」というタイトルでした。
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雑誌で紹介されたこともあり、思いきって買ってみました。
そのとき初めて秋吉敏子という名前を知りました。
1929年に今の中国は遼陽生まれ。
1948年頃から東京でジャズピアニストとして活躍します。
1956年に日本人として初めてバークリー音楽院に学びます。
このとき若干26歳でした。


これは渡米した後に米国のテレビ番組に出演した時の動画です。
着物を着て演奏していますが、やはり珍しいもの扱いだったのでしょう。
その後、彼女は自身のトリオをひきいて、
アメリカで独特の存在感を持つ存在になります。
この動画の演奏をお聴きになればわかると思いますが、
テクニックは抜群です。1963年に最初の夫でチャリー・マリアーノと
結婚し音楽活動の範囲を広げて行きます。
65年マリアーノとは離婚し、1969年いまの夫であるルー・タバキンと
再婚します。そうしてこの頃から日本人にとってジャズとは何かと
いうことを考え始めます。
続く
訂正 大連ではなく遼陽の生まれでした。後に大連に移っています。
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Commented by ポケットリー at 2009-07-03 07:15 x
おはようございます。

彼女のお歳をめしてからの演奏は聴いたことがありましたが、若いころのは初めてです。
才能ある人は、若い時から開花しているのですね。

日本人にとってジャズとは…ですか。
音楽の垣根は確かに高いものがあると思います。
彼女も若い時は才能に任せ、演奏することを楽しんでいたと思います。
ポケットリーも散々言われました。
「日本人には西洋音楽を評価できても理解はできない」
「クラシック音楽の正道は、選ばれた人だけが守ってゆけばいい」。
音楽を愛してやみませんが、ポケットリーは挫折しました。

何事も奥が深いんだなぁと思う今日この頃です。
Commented by caymmi1 at 2009-07-04 06:57
おはようございます。
そう、彼女はあるときから日本人が(伝統もないのに)ジャズをやるってどういうことなんだろう?って強く思ったらしいんだね。
それはすばらしいことなんだけど、
良く海外の音楽家の話を聞くと、
あまりこだわってない人の方が多いみたいね。
ようは「音楽には良い音楽とそうでない音楽」
があるなんてね。
日本人にだけ理解できない。なんてそれこそ
日本人しか考えないかもね。
それでは楽しくないなあ。
音楽はやはり楽しくないといけないなあ
と思います。
Commented by はな at 2009-07-06 19:45 x
ナベサダさんあたりも、同時期に渡米してましたね。
一度だけ、ホールでビックバンドの来日公演を聴きに行きました。
ひきふりっていうんですかね、ピアノ弾きながら指揮をしてて、
かっこよかったです。

Commented by caymmi1 at 2009-07-07 19:16
はなさんへ。
ナベサダさんは確か秋吉さんの三年後くらいでしたね。
それにしても秋吉さんの指揮は
ダイナミックでした。
by caymmi1 | 2009-07-02 20:39 | 音楽一般 | Comments(4)


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