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生にあって死を思う

深夜、ふと思いました。
あと、僕に残された人生はどのくらいあるのだろう。
別に死にたい訳ではありませんが、考えても良いころです。
残された時間でなにがやれるだろう。
いろいろ考えましたが、やはりJ.S.BACHの「マタイ受難曲」
は歌いたいです。これ聴くだけでも長くて大変ですが、やはり歌いたいです。
今は出来ませんが、いずれやりたいです。(合唱団として)
僕は大学の4年生の頃「日本オラトリオ協会」という団体に入り、
そこで「マタイ受難曲」を演奏するはずだったのですが、その団体
(確か桐朋系だったと思います)が活動を中止してしまったので、
それっきりになってしまいました。
まあこれは僕のやりたいことなんですが、
世間は僕に何を求めているんだろう?と思ってしまいます。
今日、電話で息子に大学でこれから何をやるの?
と聞きました。ゼミの先生は工業デザイナーで北欧のインダストリアルデザイン
の専門なのですが、息子は日本の工芸に興味を持ち始めたようです。
仙台の博物館で今、「小袖と屏風」展が開催されています。
仙台に帰った時、一緒に行くことを約して電話を切りました。
彼が高校の頃、一緒に金沢に旅行した際、加賀友禅
見に行ったことがありました。男二人で着物を見に行ったわけですが、
彼は思いのほか気に入ったようです。
まあ今後どうなるかわかりませんが、工芸家を目指すのも悪くはないなと思っています。
話がそれてしまいました。普段、僕は生活に流されてしまいがちで、
普通はこんなことは考えません。
今日はふと今後なにが出来るのだろうと深夜に考えたという訳です。

カール・リヒター指揮、ミュンヘン・バッハ管弦楽団「マタイ受難曲」


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by caymmi1 | 2007-09-25 02:12 | 雑感

「いやん、ばかん、うふん」

えーめでたく林家木久蔵、きくお師匠の襲名が行われました。
木久蔵師匠が初代木久扇に、きくお師匠が二代目木久蔵に、それぞれ
襲名をなさいました。
本日NHKのFMで木久蔵師匠が以前吹き込んだ「いやん、ばかん、うふん」
を聴きました。いや驚きましたね。
ヴォーカルがいつのまにかサッチモ風になって、
スキャットになってしまうんです。
いやー驚いた。しゃれてますねー。
皆様もタイトルにだまされないように。

おまけ

「ひものでは さんまはあじにかなわない」
志ん生師匠の川柳でした。
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by caymmi1 | 2007-09-23 18:03 | 雑感

会津と幕末

「はな」さんのブログのなかで、会津の戊辰戦争への、
こだわりを書いていらっしゃいました。
さて会津とは古事記にも記載があるほどで古くは「相津」といいました。
領主は蘆名、蒲生、上杉、加藤と代わりましたが、関ヶ原以降、
徳川家光の異母兄弟である保科正之が領主になりました。
つまり徳川家康の孫ということです。
後に保科は松平姓を名乗ります。
幕末になると9代容保(かたもり)に対し幕府は京都守護職の就任を要請し、
尊王攘夷の思想が強く、若かった容保は京都守護職になります。
そこで「新撰組」が会津藩隷下として、京都の勤王派を徹底的に取り締まりました。
禁門の変では、薩摩藩と共に長州藩を撃退し、孝明天皇から御宸翰という、
「いざというときには会津をたよりにする」という内容の文書を賜ります。
この文書の存在が会津藩をして「官軍」という意識を持たせています。
勤王派からしてみれば、会津藩こそ幕府の中心勢力で志士達の不倶戴天の敵
と映りました。戊辰戦争では他の戦闘地域とは比べ物にならないほど、
徹底的に会津をたたきました。
また明治新政府は会津を直轄領にしたり、廃藩置県で会津を福島県として
併合した際に県庁を交通の便が悪い(当時)福島へ設置しています。
郡山においてほしいとの要望があったにも関わらずです。
また会津藩は朱子学教育にとても力を入れており、そのことも反長州、薩摩の意識が
強かったのではないかと僕は思います。
少しまとめてみましょう。

1.新撰組などの京都での活動。

2.新政府による旧会津藩への圧迫

3.会津人の意識(朱子学の「大義名分論」思想)

以上のことがあげられます。特に今の会津の方が戊辰戦争に対して持っている
意識は朱子学の影響がとても強いのではないかと思います。
僕は会津はとても好きなところです。歴史も人々も好きです。
しかし、そろそろ戊辰戦争を客観的にみつめても良いように思います。



会津藩9代藩主 松平容保(まつだいら かたもり)幕末の京都守護職。
孝明天皇に篤く信頼を得ていた。

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by caymmi1 | 2007-09-22 08:30 | 歴史

今日の夕食。

今日は手抜き料理で、ブロッコリーのクリームスープを
作ってみました。
レシピというものではないのですが、
ブロッコリーとベーコンを切り、
水一カップの水を市販のホワイトソースのレトルトパック
に加え、ブロッコリーとベーコンを入れて煮るだけです。
一人だと作り過ぎてしまうので、このくらいがちょうど良いかも知れません。


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by caymmi1 | 2007-09-19 00:55 | 日々のおかず、料理

箱根、山中湖にちょっと行ってきました。

あー暑い。
九月も半ば過ぎたのに、なんでこんなに暑いんだろう。
アパートに一人でいてもつまりません。
ちょうどアパートのベランダから箱根のやまやまが見えます。
ええとちょうど仙台の実家から泉ヶ岳。そんな感じです。
天気が良いと富士山も見えます。
まあ正確に言うと20kぐらいですかね。
初めてなので行ってみる事にしました。
国道1号線を三島方面に行くとほどなく風景は温泉場の雰囲気になります。
最初に目に付いたのが、古いが由緒ある建物の「富士屋ホテル」
一度は泊まって見たいホテルです。
さて峠道を登って行くとほどなく大粒の雨が降ってきました。
こりゃあ撮影は今日はだめだな、台風も来ている事だしと思い、
仙石原を抜けて138号線へ乗り換え御殿場方面へ。
乙女峠を登りトンネルを抜けると
ほどなく静岡県です。御殿場市営温泉会館を過ぎ、
雲の間から一瞬、富士山の大パノラマが。
正直、息を飲みましたね。
しかしまた雲が掛かってしまい、このまま山中湖まで行く事にしました。
キリンシーグラムの御殿場デイスティラリー(蒸留所)を過ぎ138号線を
まっすぐ行けば山中湖です。
陸上自衛隊富士学校を通り過ぎると、あっというまに着いてしまいました。
いつの間にか山梨県でした。
湖畔の駐車場に車をとめて湖畔のお土産やを眺めたら、
たーくさんのソフトクリーム屋さんが。あークリントンさんが泣いて喜びそうだなあ。
と思いつつ買おうとしたら早く着き過ぎたせいか(8時ちょい過ぎ)、
買えませんでした。気を取り直し次回、富士山の撮影のために、
ロケハンをして今日は箱根に戻ることにしました。
そしてお客がいない湖畔にしばらくいましたが雲はとれそうにありません。
御殿場の乙女峠を抜け仙石原から芦ノ湖方面に向かい「箱根湿生花園」に行こうと思いました。ここは仙石原の湿生植物を展示しているそうです。
9月はワレモコウ、ツリフネソウ、マツムシソウ、サラシナショウマ、ホトトギスの花が見られるそうです。しかし雨は止みそうにありません。
そうこうするうち、携帯に着信があり、小田原に戻らなければならなくなりました。
138号線に戻り、箱根湯本を過ぎると何事も無かったように空は晴れ、
アパートに戻ったのがちょうどお昼でした。
来週あたり晴れていれば再チャレンジしようと思います。




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この三連写は参考にしようと思って携帯で撮ったものです。
このように今日は天候が安定しませんでした。残念。
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by caymmi1 | 2007-09-18 02:30 | 花 風景 旅 美術

後北条氏のこと

小田原に住んでいると、
北条早雲の銅像が駅にあり、ああ郷土の英雄なんだなと思います。
講談などでは素浪人から相模の国をとったということになっています。
まさに戦国時代の下克上を体現した人物ですね。
しかしこの人が存命中は北条とは名乗っていません。
本名は伊勢新九郎盛時と言います。
近年の研究では室町幕府の申し次衆の伊勢氏の出身であることがわかりました。
決して素浪人ではありません。
室町幕府は京都にありましたが、東国に鎌倉公方という出先機関をおいていました。
東国は武士の力が強いところです。
次第に勢力を増し、幕府の言う事を聞かなくなりました。
幕府は新しく鎌倉公方足利政知を送り込みましたが、
鎌倉公方の抵抗にあい、鎌倉にはいることが出来ず、
仕方なく伊豆の堀越に落ち着きました。またこの時公方を補佐するため、
山内上杉家の人物を関東執事(後に関東管領)として送り込みました。
この関東執事は任免権が室町幕府にあったので、後に独自の勢力をのばす事に
なります。
この公方が堀越の鎌倉公方、古河に移った鎌倉公方をそれぞれ堀越公方、
古河公方と呼びました。
この堀越公方を滅ぼしたのが北条早雲なのです。
さらに北条氏康の時代になり独自の勢力をのばしていた、
山内上杉家の上杉憲政を関東から追い出してしまいました。
憲政は越後に逃れ長尾影虎に関東管領職を譲ってしまいます。
またその時に家紋の「竹に雀」も譲ってしまいます。
あれれ?どこかできいたような紋ですね。
そう伊達家の紋ですね。
これは政宗のひいおじさんである種宗が上杉家と養子縁組をした時
譲られた家紋なのです。
上杉家は藤原北家勧修寺流の名門ですので、長尾影虎も喜んで
上杉家を継いだし、伊達家も家紋を使ったのですね。
話は飛んでしまいましたが、後北条家(執権の北条と区別するため。)
も北条家の名前を名乗りました。
後北条家は上杉家や武田家、徳川家、今川家と時に同盟し時に敵対して
関東に200万石以上の大大名になりました。
が、しかし豊臣秀吉の上洛要請にこたえなかったため敵対するものと
見なされ、小田原城は攻められて北条氏は滅びてしまいました。
もし北条早雲がいなかったら、伊達家の竹に雀もなく、上杉謙信も無かった
ことになります。
歴史とは面白いものですね。

北条早雲がいた時は、このような城ではなく、山城であり土塁でかこまれていたようです。

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by caymmi1 | 2007-09-17 20:52 | 歴史

豚肉のしゃぶしゃぶ風温野菜添え

今回は、夏の料理なのですが、夏の疲れをとるのによい豚肉を、
なるべくローカロリーに仕立ててみました。

使うもの。 豚ロース薄切り200g、茄子、たまねぎ、いんげん、それぞれ100gくらい。
      ぽんず、しそ、しょうが、白ゴマ、梅肉

1.なべでお湯を沸かし、薄切りにした茄子、タマネギ、インゲンをゆで、皿に並べます。

2.ぽんずに千切りにしたしそ、しょうがを入れ、梅肉と白ゴマを入れ、つけ汁を作って
 おきます。

3.豚肉をしゃぶしゃぶ風にゆで、皿の野菜に乗せます。

4.つけ汁を上からかけます。

なお、なべに残ったゆで汁でおいしいスープが出来ますので、捨てないで下さいね。
栄養もたっぷりです。油が気になる方は、表面に浮いた油だけすくって下さい。
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by caymmi1 | 2007-09-15 09:28 | 日々のおかず、料理

調子にのってサンマのレシピ

調子にのってサンマのレシピをUPします。
もし、生食用のサンマが入手できたら、
ぜひ試して下さい。それはサンマの刺身としめサンマです。
まず、サンマの刺身ですが、生食用のサンマを使います。

1.サンマを三枚におろします。

2.おろしたサンマを身から中骨をとり、皮を剥きます。

3.その身を削ぎ切りにして、しそや梅肉と一緒に出します。

しめサンマ

1.サンマを三枚におろします。

2.サンマを昆布と塩にひたした酢に入れます。

3.4.5時間酢しめをしたら、皮を剥き、中骨をとります。

4.身を削ぎ切りにして、しそやごまを添えて出します。

まあなかなか生食用のサンマを入手することは地方によっては難しいかも知れません。
もし入手できましたらぜひ試してみて下さい。
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by caymmi1 | 2007-09-12 18:33 | 日々のおかず、料理

さんまの梅干し煮

秋になって参りました!
食欲の秋ですね。
塩焼きも良いのですが、たまには目先を変えて、
さんまの梅干し煮というのはいかがでしょう。
ご飯のおかずに、ビールのおつまみにぴったりです。

使うもの。さんま3〜4尾、酢大さじ二杯、しょうゆ、梅干し2、3個、日本酒小さじ一杯、
みりん、砂糖はお好みで。

1.さんまの頭と尾をとり、三等分にし、水洗いをします。

2.大きめのなべに切ったさんまを入れ、酒、酢を入れ一煮立ちさせ、あくをとります。

3.なべにしょうゆ、うめぼし、好みによってみりんと砂糖を入れ、弱火で20〜30分
 煮て出来上がりです。

圧力なべで煮ると、骨まで食べられますよ。
ぜひ作ってみて下さい。なおしょうがや、南蛮を入れてもおいしいです。
 
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by caymmi1 | 2007-09-11 21:12 | 日々のおかず、料理

定禅寺ストリートジャズフェスティバルを聴いて。

去る9月8日、定禅寺ストリートジャズフェスティバルに出演していた、
僕のブログ仲間でもあるクリントンさんのところのバンドミディアムレアバンドを聴いてきました。
僕は去年のフェスティバルを含め、今回で3回聴いてきましたが、
今回は、出だしのマシュ・ケ・ナダを聴いて、あれ?
と思いました。明らかに前回と違うのです。
演奏のダイナミックさと元気の良さはそのままに、
今回はプラスサウダーヂ(郷愁、懐かしさ)が増した演奏になっているのです。
うーん。ヴォーカルの雰囲気が変わり、リズム隊もスパイスの利いた、
タイトなものになっていました。
今年は音響のバランスも良く
締まった音だったと思います。
最後のトリステーザを聴いて、やはり。と思いました。
この曲はにぎやかなのですが、どこからか哀しみがなければいけません。
今回はみごとに出ていました。
パーカションのクリントンさん、
Airtoでしたよ。それとフルートが良かった。チャンプルーさんは、
Deodatoでしたね。
バンマスさん初め、皆さん良かった。
バンドの成長を見るのは嬉しいものです。
さて、クリントンさんの演奏したアジュール前のはす向かいで、
「すずなり本舗」さんという弾き語りの方がいらっしゃいました。
シコ・ブアルキやドリヴァル・カイーミなどをやられていましたが、
「ソ・ロウコ」を演奏されていました。
とても心強いです。また来年も聴きたいですね。
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by caymmi1 | 2007-09-10 02:14 | ライブの感想


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