最近食べたもの

最近、冬とは思えぬ日が続いていますよね。
最近食べたものをご紹介します。

ほうれん草とベーコンのパスタ

ベーコンとほうれん草をオリーブオイルでソテー
します。そしてそれをパスタにあわせるだけです。
お好みでバジルなどで香りを付けてください。

ブロッコリーのパスタ

コンビーフとゆでたブロッコリーをバターでソテー
します。それをペンネ(パスタの一種)
にあわせます。

今回は写真はつけませんが、
皆様も春野菜でお好みのパスタを作ってみて下さい。
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by caymmi1 | 2007-01-31 13:51 | 日々のおかず、料理

街で見かけた和装美人

昨日、メディアテイクに用事があって出かけた帰り
若い和装姿の美人を見かけました。
思わず撮りたくなってしまいました。
普段はいろいろとややこしいことがあるので人物は入れないのですが、
今回は街の風景として、
入れて見ました。
この後この人はバスに乗ってしまいました。
何か気になります。
僕はあまり人物を入れませんが、今回だけは入れて見たくなりました。
しかし木村伊兵衛さんや土門拳さんの様には行きませんね。(当たり前か)

追記 画像をアップロードしていましたが、
諸般の事情にかんがみ削除いたします。
ご意見を頂いた方に感謝いたします。
そのうちイメージの画像をUPしようと思います。
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by caymmi1 | 2007-01-30 09:42 | 仙台観光

さて、気がついてみると一月も終わろうとしています。
すっかりさぼってしまいました。
通史もそろそろUPしなければいけません。
今回はサンバが今の形になった時代です。
重要な時代(僕にとって。)ですので、
数回に分けて記事をUPしていこうと思っています。

ジェトゥリオ・ヴァルガス(1882〜1954)はブラジルでその後
頻発するクーデターで大統領になった政治家です。
1930年に大統領選挙で敗北しますが、
クーデターを成功させ、ヴァルガスが政権の座につきます。
この政治家が強力にブラジル化(ブラジリダージ)
を押し進め、工業化を推進し、サンバをはじめブラジルの文化を
ブラジルの顔として表舞台に引き上げたと言えると思います。
一方で、強引な政権運営は「独裁者」としての側面を見せました。
外交的には連合国側でありますが、国内的には「枢軸国側」
の立場をとりました。また、ブラジル共産党の解党や(実際には弾圧)
インテグラリスタ党(国家社会主義 ファシスト)を利用しながら潰し、
第二次世界大戦への参戦(イタリアに宣戦布告)などを通じて、
強力に国民国家としてブラジリダージ政策を進めました。
移民国家でまとまりを欠いたブラジルを戦争や文化面を介して、
国民国家を作ったと評価される反面、
軍部を頼ったがため、その後の長期軍政の素地を作ったという
ネガティブな評価もあります。
次回に続きます。

ヴァルガス大統領。

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by caymmi1 | 2007-01-29 08:59 | 歴史

カンガセイロについて。

さて、前々回予告しましたセルタンの
カンガセイロのことを書きます。
カンガセイロは、山賊とも盗賊とも言いますが、
ここでは一応、山賊としましょう。
カンガセイロはブラジルで成立したあと、
内陸部の農民たちは、いわゆる小作農であり、土地は持ってはいませんでした。
19世紀末、ここでは深刻な干ばつが繰り返し襲いました。その結果、
セルタネージョ(内陸部の奥地の人の事)のこの間の死者は30万人に達しました。
セルタネージョ達は大きく二つに分かれます。

1.農園や商店を略奪する。

2.不幸や天恵をうけるために教団を結成する。

ルイス・ゴンザーガがその昔、手下だったと言う
通称「ランピアン」本名ヴィグリーノ・フィレイラ・ダ・シルヴァは、
山賊の首領でした。「コルデル」と呼ばれる大衆文学では、
この盗賊の物語が盛んに作られました。

セルタンが平和になるためには
そして、俺たちが眠ったり
食べたり、飲んだり、服を着たり
何の心配もなく
祭りに出かけられるようになるためには
ランピアンが
必要なんだ。

「ランピアン」は非常に多彩な人物で、
サンフォーナを弾き、詩を書き、歌を作り、刺繍を愛し、
衣装も独特でした。
そしてそのスタイルを取り入れたのが、
ルイス・ゴンザーガだったのです。





ランピアンはこちらを参考にして下さい。
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by caymmi1 | 2007-01-22 10:02 | ブラジル音楽

定禅寺通り散策

昨日の仙台は良く晴れて、
しかも仕事がOFFだったので僕の好きな
定禅寺通り(仙台市青葉区)を散歩してきました。

まずはけやき並木から


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彫刻とはいえど、なんか寒そう。
定禅寺通りは道路の真ん中に遊歩道があり、彫刻があります。


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定禅寺通りにはメディアテークという、市民の文化活動の拠点があり、
近くにはギャラリーや画廊ができていますが、ひときわ目立つのがこのショウウィンドゥです。
まずメディアテークの前です。





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気になるショウウィンドウ



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花屋さんもあります。


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最後にこの場所は定禅寺ではないのですが、うちの近所にオリジナルのバッグ
のショップがオープンしていました。なかなかよいセンスです。


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いかがでした?僕もここは散歩したことがここ数年はありませんでした。
いろいろ店も変わっていて新しい発見がありました。
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by caymmi1 | 2007-01-17 19:21 | 花 風景 旅 美術

花いろいろ

最近、嫌な事件が多いですね。
そこでばらばらですが、花の写真を集めてみました。
どうぞご覧下さい。一生懸命咲いている花たちを。

場所はここです(内緒)

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野生のすみれとたんぽぽ

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すみれ群生

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つつじ

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定禅寺通りの雑貨屋さん

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クローズアップ

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いかがでした?この写真は去年の5月のものですが、
それぞれの場所で懸命に生きています。
命の大切さをいつも花に教えられます。
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by caymmi1 | 2007-01-16 09:04 | 花 風景 旅 美術

春の十和田湖

最近、写真を整理していたら、十和田湖に行った写真が出て来ました。
ここのところ少し固い内容のものが多かったので、
息抜きに画像をUPしてみます。

十和田湖を休屋展望台から見たところ。

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湖面を行く遊覧船

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湖面を飛ぶカモメかな?

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高村光太郎の乙女の像

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この写真は去年の五月の早朝で観光客もあまり来ていません。
沢山温泉もありますので今度は泊まりにいこうかな。
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by caymmi1 | 2007-01-10 02:02 | 花 風景 旅 美術

ルイス・ゴンザーガ

さて、前回までトロピカリアについての記事をUPしてきましたが、
1940年頃北東部からリオへやってきた男がいます。かれはペルナンブーコ州のセルタン
の村エシュからアコーディオン(サンフォーナ)を持ってやって来ました。
1940年頃はブラジルのポップスはアメリカのもの一色でした。
そんななか、ウンベルト・テイシェラと協力して、リオではこれまで、
知られていなかった北東部の音楽を発表しはじめます。
それがバイヨンです。一般にはゴンザーガが作ったもののように思われていますが、
ゴンザーガがいうには、ずっと以前から北東部にあったものだといっています。
また北東部の吟遊詩人やバイヨン歌手のフレージングを学んで自分の音楽にした。
とも言っています。
ともあれリオやその他の大都市では大歓迎され、それとともに、
アコーディオン(サンフォーナ)が大流行しました。シブーカやジョアン・ドナート
も最初はサンフォーナを演奏していましたね。
続いてワルジール・アゼヴェードなどもヒット曲をつくりました。
それの影響でしょうか、セルタンにいたカンガセイロ(山賊)を主題にした映画が
クラウベル・ホーシャ監督で制作され国際的に評価されました。
そしてこれに注目したのがカエターノたちで、ミルトン・ナシメントもゴンザーガの
「セルタンの月」を歌っています。
カエターノは「アザ・ブランカ」を歌っていますね。

ルイス・ゴンザーガ、ウンベルト・テイシェラ作
「アザ・ブランカ」

サン・ジョアンの祭りの焚火で
燃え上がるような大地をみて
天の神様にたずねた。ああ
なぜこんなにお苦しめになるのですか

なんという熱さ、炉の中かコンロの中にいるようだ
草の一本も生えてやしない
家畜も飲み水がなくて死んでしまった
馬も渇きのまり死んでしまった

白い鳩も同じ様に
セルタンから逃げて行った
それで僕も言った、さようならロジーニャ
ぼくの心はお前のところに置いておくよ
(クラウス・シュライナー著 ブラジル音楽のすばらしい世界より)
ルイス・ゴンザーガ以降、MPBではサンフォーナが良く使われる様になりました。
次回カンガセイロのことをUPします。

ルイス・ゴンザーガ

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by caymmi1 | 2007-01-09 09:44 | ブラジル音楽

さて、全部と言う訳にいきませんが、
コンクリートポエムに影響を受けた、歌詞を紹介します。
ジルベルト・ジルの「日曜日に公園で」(出典 クラウス・シュライナー著 中村とうよう監修)
冗談の王様 それはジョゼ
騒動の王様 それはジョアン
ひとりは市場に見せを出す それはジョゼ
もうひとりは工場現場で働く それはジョアン
先週の週末、ジョアンは決めた
もうケンカはやらないと
日曜の午後、彼は飛び出して行った
でも川辺でカポエイラをやるためじゃない
彼はデートをしに行ったのだ
ジョゼはいつもの週末どうり店じまいして
日曜日に公園へ散歩に行った
そして公園の中で彼は見た
ジュリアーナがジョアンと手をとりあってるのを
バラとアイスクリームを手に持っているのを
ジュリアーナ、彼の夢、幻の女
以下略

このようになにかコラージュのような歌詞ですね。
これが全てではないですが、
トロピカリアの音楽の特徴でした。
しかし、1968年は軍政令5号が発布され、
12/31カエターノとジルは軍に勾留されます。
4ヶ月後に解放されますが、その後も軟禁状態が続きます。
そして二人はロンドンに亡命し、事実上トロピカリアは終ります。(音楽の面)
ブラジルでは、ガルとベターニャが活動を続け、
ブラジルのポピュラー音楽はMPBと言われ
発展を続けます。


ジルベルト・ジル 「日曜日に公園で」収録
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by caymmi1 | 2007-01-06 08:38 | ブラジル音楽

前回、トロピカリアについてロックの要素を取り入れたという
論調について、正しくないと言いましたが、
それは彼等が発表したトロピカリスモ宣言にあります。
「トロピカリスモはできるだけさまざまな要素を融合する試みである」
「しかし、外国の音楽だけでなく、ショーロやノエル・ローザや田舎の音楽をもまた
受け継いでいる」
様はブラジルで流行っているポピュラー音楽をブラジル化しようとの試みでした。
カエターノはこの頃流行っていた、いわゆるプロテストソングも批判をしています。
エデゥ・ロポもヨーロッパ公演の際、地元のメディアが彼を反体制と論評された時に
反発しています。ゴンザキーニャは、自分の歌は真実を歌っているまでで、政治的にどうのこうのと言っているわけではないと述べています。
またトロピカリアは音楽だけでなく、コンクリートポエムという詩に大きな影響を
受けています。
つまり、ただ単に演奏スタイルの問題ではないということですね。
また、確かにカエターノに対する検閲局の態度は厳しいものがありましたが、
それをもって彼の音楽が反体制的なものかというとそれも違うような気がするのです。
この時代確かに1964年ゴウラール政権がクー・デ・タにより倒されましたが、
ブラジルの軍部の政治的影響力は帝政時代より強いものがありました。
軍政はとても悪いイメージがあるのですが、皮肉なことに軍政(ヴァルガス政権を含め)をしいた時代のほうが経済的には発展をとげています。(1984年以前)
もちろん僕は軍政には反対ですが、ラテンアメリカ全体の問題として大衆迎合主義と
官僚の腐敗の問題があります。そういう問題を念頭におくと、トロピカリスモが目指したものが理解しやすいと思います。
続く(加筆、訂正を行いました。)


今、入手できるトロピカリアについての書籍です。カルロス・カラード著
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by caymmi1 | 2007-01-05 12:00 | ブラジル音楽

ブラジル音楽中心の雑感