ブラジル通史 補記3

ブラジル通史の補記はとりあえずここで終了しますが、もっと学びたい人のために、これまで参考にした書籍類の紹介をします。

「マラーノの系譜」 小岸 昭 著 みすず書房
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イベリア半島に住んでいたユダヤ人について書かれています。



「増補版 ポルトガル史」 金七紀男 著 彩流社
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日本においてブラジル、ポルトガル研究で著名な方です。現在天理大教授。



「レコンキスタ 中世スペインの国土回復運動」 D.W.Lomax著 林 邦夫訳 
刀水書房
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歴史書では定評のある刀水書房の本です。副題の中世スペインとは、イベリア半島の事を指しています。



「ラテンアメリカ史 2」 増田義郎編 山川出版社 
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ブラジル周辺の南アメリカ史です。内容はとても充実しており、良くまとまっています。山川出版は教科書を出している関係か、理解しやすいです。



「スパイスが変えた世界史 コショウ、アジア、海をめぐる物語」 E&F.B.Huyghe著
藤野邦夫訳
 
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Huyghe(ユイグ)さんは、夫婦で政治の研究をされているフランスの方です。この本では、香辛料の交易について従来の歴史書にはない面白い視点で書かれています。

以上の書籍は大体、図書館やネットで入手可能なようです。興味のある方はぜひ読んでみて下さい。
さて次回より、ブラジル通史は本編に戻ります。少し固い内容ですが、もう少しおつきあいくださいませ。
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by caymmi1 | 2006-07-30 16:33 | 歴史

ブラジル通史 補記2

※ポルトガルと日本

ポルトガルとスペイン間で締結された世界分割条約「トリデシャリス条約」で西はブラジル、東は日本までが、ポルトガルの権益でした。ポルトガルはインドとのスパイス交易を中心に利益を上げてきました。当初は「黄金の国ジャポン」に興味を持っていましたが、インド交易を通じて、日本には黄金も資源も乏しいと分かると関心を失いました。しかし、1543年にポルトガル人を乗せた船が種子島に漂着しました。このポルトガル人が鉄砲を伝えます。(倭冦が持ち込んだという異説もあります。)この時期日本は、戦国時代でしたので、この後日本で鉄砲が大量に作られます。このことが日本を中世から近世へと脱皮させる原因になります。

※イエズス会(男子修道会)

イエズス会はスペインのイグナチウス・ロヨラにより1534年設立されました。時あたかもプロテスタント教徒が東欧を中心に勢力を伸ばしている時期で、そのさなかに設立されたイエズス会の活動(異民族への伝道、教育)が、カソリックの衰退を押しとどめる結果となりました。1549年フランシスコ・ザビエルは日本での伝道を開始しました。伝道は成功とはいえず、ザビエルは1551年インドのゴアで死去してしまいました。1579年にアレサンドロ・ヴァリニャーノは日本の文化、習慣、言語に適応する方針を打ち出して日本にコレジオ(大神学校)、セミナリオ(小神学校)を設立し九州では大友氏などのキリシタン大名を出現させました。

イグナチウス・ロヨラ
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アレサンドロ・ヴァリニャーノ
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※天正遣欧少年使節

さらにヴァリニャーノは日本の少年達をヨーロッパに派遣することを計画しました。これが「天正遣欧少年使節」です。
4人の少年達は喜望峰をへて、リスボン、スペインを経由してローマ教皇に拝謁をしました。4人の少年達はグレゴリオ聖歌やオルガンなどを巧みに演奏して、現地の人を驚かせたといいます。余談ですが、織田信長は教会音楽がとても好きだったらしく、たびたび安土のセミナリオに行き、演奏を聴いたとのことです。

少年使節の訪問を伝える印刷物(1586年 ドイツ)
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by caymmi1 | 2006-07-27 15:46 | 歴史

ブラジル通史 補記1

いつもより更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。
さて今回はブラジルを取り巻く当時の状況を補記として記事にしておきます。

地理的に見ると「ピレネーの向こうはアフリカである。」と言う言葉の通り、イベリア半島はヨーロッパにつきでた拳のようで、他のヨーロッパ諸国からはピレネー山脈で遮られ、ジブラルタル海峡の先にはアフリカ大陸が広がっています。
BC2世紀から、半島はローマ化が進みます。ポルトガル語は、ローマ軍の兵士が使っていた俗ラテン語が元になっているとの説が有力です。5世紀からはゲルマン人の支配が始まり、8世紀からイスラム勢力の侵入が始まります。そして以後8世紀にわたりイベリア半島の大部分はイスラム勢力の支配を受けます。

※レコンキスタ(領地回復運動)
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イベリア半島の北部に追いやられたキリスト教徒は、イスラム勢力から領地を奪い返そうとします。それがレコンキスタです。(ポルトガル語ではレコンキシュタ。)
この運動は9世紀から始まりますが、イベリア半島からイスラム勢力が駆逐されるまでには700年程かかりました。その間、イスラム勢力は宗教には比較的寛容で、税金を納めればキリスト教徒、ユダヤ教徒はイスラム教徒と共存できたのです。その間ユダヤ人は社会の重要な位置を占めるようになり、特に金融の面で才能を発揮します。12世紀他のイベリア半島の地域より早くレコンキスタを達成したポルトガルは王国として独立します。15世紀レコンキスタが完了し、スペインは異端審問所を開設し、ユダヤ人達は異端審問所のなかったポルトガルに移住してきます。実にポルトガルの人口の10%の割合に達し、キリスト教徒と摩擦を起し始めます。16世紀(ブラジル発見と同時期)ジョアン三世は異端審問所を開設、マヌエル一世はユダヤ人を強制的にキリスト教に改宗させます。これが新キリスト教徒ですが、やはり差別が残り「マラーノ(豚)」と呼ばれるようになります。すでに海洋帝国になっていたポルトガルにとってはユダヤ人の富が貢献していたのですが、なんとポルトガルは改宗しないユダヤ人達を追放しようとします。
そして多くは比較的宗教に寛容だったオランダにのがれていきます。追放されたユダヤ人は財産を没収されました。一説によると財産目当てだったのではないかとのことです。それとともに交易の中心はオランダに移って行きます。
※ユダヤ人について。
ポルトガルからのがれた改宗ユダヤ人を両親にもつスピノザ(哲学者)

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ユダヤ人には大きく分けて、ユダヤ教を国教としたハザール王国の末裔出身のアシュケナージと北アフリカやスペイン在住のスファラディとに別れます。比率はアシュケナージが9割、スファラディが1割です。しかし両者とも様々な差別や圧迫があったのです。また古くから「ユダヤ陰謀説」流布されていました。そうしてそれを最大限に利用した人物こそアドルフ・ヒトラーでした。
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by caymmi1 | 2006-07-22 11:19 | 歴史

パウ・ブラジルの時代はそう長く続きませんでした。なぜならブラジル木の関心はポルトガル人以外にもいたからです。特にフランス人はトルデシャリス条約を破り、沿岸に出没しました。ポルトガルの主な収益はインドとの胡椒貿易でしたからブラジル沖は、さしずめ日本でいうとシーレーン防衛の対象となる海域でしたので、防衛の必要からも民間人に統治させようとしました。「カピタニア制」です。そうしてこれは世襲制でした。当時ポルトガル本国は人口200万くらいですから、広大なブラジル統治をするために、こういう制度が導入されました。土地はキリスト騎士修道会長(国王)に付与されていましたので、土地の所有権ではなく用益権の譲渡を意味しました。マルチン・アフォンソ・ジ・ソーサはカピタニアの代表でしたが、金を探しながら、土地に適したサトウキビの栽培を開始しました。ブラジルはモノカルチュア経済に移行していきます。

※モノカルチュア経済 奴隷制度に支えられた、単一栽培を中心とする植民地経済のこと。


サトウキビ。イネ科サトウキビ属サトウキビ 学名はSaccharum officinarum


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by caymmi1 | 2006-07-15 16:15 | 歴史

ポルトガル王マヌエル1世は、ブラジルの資源調査をフィレンツェ人アメリコ・ヴェスプッチに調査させました。結局「あるのは、オウムとパウ・ブラジルの木、そして野蛮人」とういう報告がなされただけでした。国王はブラジルに対し関心を失いましたが、改宗ユダヤ教徒のフェルノン・ジ・ノローニャに開発権を譲渡しました。
さて、当時のヨーロッパでは毛織物産業が盛んになっていました。パウ・ブラジルはそんな時にうってつけの原料だったのです。1506年頃には年間2万キンタル(1キンタルは60㎏)をフランスやフランドル地域に輸出し、大きな富をもたらしました。地名も「サンタ・クルスの島」からパウ・ブラジルまたは単にブラジルと呼ぶようになりました。
ブラジル経済史では1570年代までを「パウ・ブラジルの時代」と呼びます。

※ブラジルの木(PAU BURASIL)ジャケツイバラ科の植物。ヨーロッパでは十字軍時代にその存在が知られていた。学名Caesalpinia echinata。

※改宗ユダヤ教徒(クリスタン・ノヴォ)については後日改めて記事をUPしたいと思います。


パウ・ブラジルの花


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by caymmi1 | 2006-07-14 11:39 | 歴史

ブラジル通史 2 地理

ブラジルの地理

国土の90%以上が南半球に属した熱帯地域です。またサンタ・カタリナ州の高地には降霜がある寒冷地もあります。
北はフランス領ギアナ、スリナム、ギアナ、ヴェネズエラ、
北西はコロンビア、
西はペルー、ボリヴィア、
南西はパラグアイ、アルゼンチン、
南はウルグアイと国境を接しています。国境線は、8.311km、
海岸線は7.367kmに及びます。
またアマゾン川の流域面積が国の約56%を占め、人口密度が高い地域は、
大西洋沿岸地域の小規模な海岸低地です。
その他はアマゾン川の北部にギアナ高地、南側にブラジル高地があり、
これが国土のほとんどを覆っています。

参考地図



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次回より、なるべく時系列順に記事をUPしていきます。
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by caymmi1 | 2006-07-09 11:47 | 歴史

ブラジル通史 1

ヨーロッパの15世紀はスペインとポルトガルの対外膨張の時期でした。ブラジルはポルトガル人のペドロ・アルヴァレス・カブラルに「発見」されることになりました。(1500年4月22日)スペインとポルトガルは1494年にトルデシャリス条約(世界分割条約)を結んでいました。カブラルは現在のバイーア南部に上陸しましたが、ここに金がない事がわかるとこの土地に「ヴェラ・クルスの島」(カブラルは島だと思っていました。)と命名し十字架を建て、自分はインド方面に出航していきました。ともあれ先の条約によりブラジルは、ポルトガル領になりました。

以下にブラジルの生産活動史を示しておきます。

ブラジルの木の伐採時代 1500〜1550  

砂糖生産時代 1550〜1700

金鉱時代 1700〜1775

コーヒー、タバコ、綿花、天然ゴムの時代
1830〜1930

工業化の時代 1930〜現在

次回はブラジルの地理を述べます。


カブラルの航路                 
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カブラルの肖像
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ブラジル発見500年記念切手
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by caymmi1 | 2006-07-08 15:37 | 歴史

今回からブラジル史を掲載するにあたって、当初は現代史(新共和国体制)から始めようと思っていましたが、正しく理解するには通史が必要だと考えました。
ブラジルは500年以上の歴史がありますが、言うまでもなくポルトガルの
植民地として出発しました。しかし、短いながら帝政も存在したところが特徴的です。
宗主国ポルトガルが16世紀末スペインに支配されるなど弱体化し、
19世紀始めにポルトガルの王族がブラジルに宮廷をうつしました。
これはポルトガルの植民地であるはずのブラジルが、
ある種の優越感をもっている原因ではないかと考えます。
ここを押さえないとブラジルの文化的背景が見えてこないと思い、
まず通史を記述することにしました。
次回より通史を掲載し、それから共和制時代をクローズアップして
論述しようと思います。

参考文献「ブラジル研究入門」 金七紀男 他共著 晃洋書房

  「ブラジルの歴史」 Chico Alencar,Lúcia Carpi Ramalho,Marucus
             Venício Toledo Ribeiro著、 東 明彦 他訳 明石書店 
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by caymmi1 | 2006-07-06 10:00 | 歴史

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昨日は久しぶりにエレンコでリリースされていた、レニー・デイルの「Um Show De Bossa」を聴きました。レニー・デイルと言う人は、アメリカ人で舞踊家と言う事ぐらいしか知識がありませんが、この演奏は雰囲気があってとても良いですね。この蒸し暑い気候のなかで聴くと何だかとても爽やかな感じがします。「ボサノヴァの歴史」にはあまり良い事は書いていないけど、なかなかの歌唱力です。



1.So Danco Samba/Old Devil Moon/How High The Moon
2.No Dollar Bills/Samba Do Aviao
3.Perdido/Day In,Day Out/Samba De Uma Nota So
4.Tamanco No Samba
5.Corcorvado
6.Lover/Bim Bom/Dance Bossa Nova/Loose Walk/Nao Ponha
7.Two Ladies In De Shade Of De Banana Tree

さて次回からブラジル現代史の掲載をします。
少し固い内容ですが、なるべく易しくしますので、
どーぞおつきあい下さい。
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by caymmi1 | 2006-07-03 15:41 | ブラジル音楽

蓮の花

先日、台原森林公園へ蓮の花を撮って来ました。天気も良く、
少し暑かったのですが、蓮にとっては良かったようです。

池の全景
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クローズアップ
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一面の蓮の花
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おっと、鴨が休んでいました。
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画像処理ソフトで水彩画風にしてみました。
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いかがでしたか?
今度は紫陽花と菖蒲を撮ってこようと思っています。
お楽しみに。
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by caymmi1 | 2006-07-02 08:54 | 花 風景 旅 美術

ブラジル音楽中心の雑感