ブラジル通史 5 砂糖生産と奴隷制

サトウキビ栽培には、大量の労働力が必要でした。当初は沿岸部のインディオを奴隷としていましたが、天然痘などの流行により沿岸部のインディオの人口は激減してしまいました。ポルトガル人はほとんど独身男性だったため、インディオ人女性と結婚し、マルメーコと呼ばれる人達が奥地のインディオを「捕獲」しに行きました。それを「エントラーダ」といいます。特に活動が盛んだったサン・パウロでは「バンデイラ」と称され、パウリスタはバンディランチと呼ばれるようになりました。イェズス会はインディオを奴隷とすることに抵抗していましたが、エントラーダ達はそれを無視し、トルデシャリス条約の国境線を越えて西へ移動していきました。またエントラーダ達は、ミナス・ジェライスで金を発見し、各地でダイヤモンド、エメラルドも発見していきました。
※インディオの文化
インディオの女性は入植者の妻または乳母として働きましたが、入植者の子供たちにインディオの民話、神話、言語、料理などに影響を与えました。またインディオが栽培していた、ピーナッツ、唐辛子、マテ茶、アヴォカド、トウモロコシ、フェジョン豆、サツマイモなどがそうです。

次回の予定は黒人奴隷輸入の記事です。

ミルトン・ナシメントの代表作「MINAS」のジャケットです。



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これは「GERAES」のジャケットの裏面です。ミナス・ジェライスが金を産出する場所だったことをうまく表現しています。2枚とも僕の好きなレコードです。


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by caymmi1 | 2006-08-01 11:00 | 歴史

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