ブラジル通史 4 カピタニア制の導入と砂糖生産

パウ・ブラジルの時代はそう長く続きませんでした。なぜならブラジル木の関心はポルトガル人以外にもいたからです。特にフランス人はトルデシャリス条約を破り、沿岸に出没しました。ポルトガルの主な収益はインドとの胡椒貿易でしたからブラジル沖は、さしずめ日本でいうとシーレーン防衛の対象となる海域でしたので、防衛の必要からも民間人に統治させようとしました。「カピタニア制」です。そうしてこれは世襲制でした。当時ポルトガル本国は人口200万くらいですから、広大なブラジル統治をするために、こういう制度が導入されました。土地はキリスト騎士修道会長(国王)に付与されていましたので、土地の所有権ではなく用益権の譲渡を意味しました。マルチン・アフォンソ・ジ・ソーサはカピタニアの代表でしたが、金を探しながら、土地に適したサトウキビの栽培を開始しました。ブラジルはモノカルチュア経済に移行していきます。

※モノカルチュア経済 奴隷制度に支えられた、単一栽培を中心とする植民地経済のこと。


サトウキビ。イネ科サトウキビ属サトウキビ 学名はSaccharum officinarum


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by caymmi1 | 2006-07-15 16:15 | 歴史

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